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知ってもらいたい「推し」は、押し売りの「押し」とは違う

週末、30人ほどが参加したあるオンラインミーティングでの出来事。

参加者全ての簡単な自己紹介の後、希望者による自己PRタイムに挙手した40代半ばの男性は、今年から実家の農業を手伝い始めた話を始めました。無農薬、無化学肥料で野菜を育てていること、都内のラグジュアリーホテルやミシュランの星付きのレストランと直接取引できていることなどの話から、ご本人が初めて収穫した無農薬の南瓜について、さらに熱く語り続けました。

特にオススメしていたのが坊っちゃんかぼちゃ。栗かぼちゃと似た風貌ながら、一般的な栗かぼちゃに比べて栄養価が高く、タンパク質やβカロテンが数倍も豊富に含まれているとか。実物を画面越しに見せてくれましたが、手のひらサイズの坊ちゃんかぼちゃは、一度の調理で保存までいける大きさで使い勝手も良さそう。生産者である彼の説明は、流れるようなそれではなかったものの、蒸した実物まで見せてくれたこともあって、もうテレビショッピングみたいなもの。画面な中の皆が引き込まれていきました。

毎度お節介な私です。「それ、買えないんですか?」と切り出しました。何人かも「そう、そう、欲しい!!食べたい!」と続きます。すると彼は、実はホテルやレストランからの受注が見込みを下回っていて、かなりの在庫があること、買ってくれるなら嬉しいとポツリポツリと言い始めました。「わぁー!買えるんだ!どこで、どこで?」と老若男女問わず欲しがる始末。そんな周囲の声に背中を押されて、彼はチャットにメールアドレスを貼って、早速何件かの受注を始めていきました。

人はなぜ、自分の「推し」に躊躇してしまうのか

さて、今日ここでお伝えしたいことは、この坊っちゃんかぼちゃの話ではありません笑 ましてや、販売方法についてでもありません。人はなぜ、自分の「推し」に躊躇してしまうのかということです。

彼は初対面がほとんどの場で、自己PRに挙手しました。その勇気は素晴らしいです。失礼ながら、話や説明がうまいとは決して言えませんが、この機会に両親らとつくった野菜を知ってもらいたい気持ちに溢れていました。

しかし、ここからが残念なのです。食べてもらいたい、そのために買ってもらいたい、美味しいと言ってもらえる自信があるにもかかわらず「推し」きれていないのです。特に今回は”野菜のご紹介”などという悠長な話ではなく、”旬の野菜の行き場となってほしい”という期限付きのご案内です。もっともっと伝えればいいのにと、どれほど思ったかしれません。

知ってもらいたい「推し」は、押し売りの「押し」ではありません。自分がよいと思うものの情報提供をしているだけで、押しの圧はかけていないはずです。でも、ここ、遠慮してしまうのだそうです。いや、しますよね。欲しいかどうかも把握していない人に伝えるわけですし。わかります。ずうずうしい人だと思われたくないですしね。わかっていて自分にも言い聞かせていることを彼には伝えました。

心底惚れ込むいいものなら、徹底的に推せ

騙して連れ込もうとか買わせようとか1ミリもなく「推し」のものなら、遠慮は不要。「こんなにいいものを知らせないのは申し訳ない」という方へ視点を変えましょう。

知人のヨガ講師も言います。「私がヨガを習うなら、絶対にこ(自分のスタジオ)で習うわ。こんなにいいレッスン内容でこの金額。他にあるなら教えてもらいたいくらいだもの」

ここにご自身への絶対の自信があります。

ダメ元で推せ 決めるのは相手

今回の彼は、夏にも野菜の協力購買をお願いしたことがあり、秋になったからといってまたお願いするのは気が引けるといいました。

夏に買った野菜が美味しかった人は、また違った季節の野菜情報を待っているかもしれません。Webを見て注文しようと思いながら忘れているかもしれません。連絡(注文)がなければ聞いてみましょう。伝えましょう。いいんです、買ってもらえなくても。決めるのは相手です。

その遠慮には蓋をして、何気ない顔してご案内しましょう。だって心底惚れ込む「知ったら得する、知らなかったら損する」情報ですよね。

自分が心底惚れ込めないと、ここまではできないでしょう。つくり込んでいなければ伝える言葉を持たないでしょう。でもそれらをクリアしているなら、あとは遠慮の蓋を閉めるだけだと思いませんか。

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